パチンコの話 はじめたきっかけ

ブログ管理人は、過去にパチンコを打ってました。

辞めてから結構長くて、もう10年近くパチンコ屋に行ってないです。

10年間で、ちょっと行った時期もあるけど、本格復帰ということまで考えてないので、ほぼ10年行ってないに等しいです。

パチンコを打っていたというと、養分だったんじゃないか?と思われると思いますが、結構勝ってました。

累計だと、四桁万円にはいきました。

最初の一年で、500万近く勝って、その後も勝っていたので累計で計算したことはないですけど、あと500万でも稼げば四桁万円に行けるなら、四桁万円には達しているかなという感じです。

なので、パチンコのことも多少は語れるので、たまにはパチンコの話もすると思います。

今回は、そんな経歴のブログ管理人がパチンコと出会った時の話でも。

始まりは唐突に来る

当時食品工場で仕事してました。

1月とか2月でまだ寒かった時期でした。

仕事中に、同じ職場の人にパチンコに行かないか?と誘われました。

余り断れるタイプでもないし、パチンコかぁ、、と思いながら承諾しました。

これが最初です。

時期でいうと、約400分の1の機種がマックス機と言われていた時代です。

初代牙狼、花の慶次斬この辺が当時のメイン機種でした。

蒼穹のファスナーが丁度撤去されたかどうか位の時ですね。

海物語だと、しばらくして地中海が登場した時期でした。

この辺の話をすると、パチンコファンからすると、なつかしさを感じると思いますw

ああ、そういう時代あったよね!みたいな感じですね。

そんな時代です。

話を戻して、当時のことへ

急にパチンコに行かないか?と言われて、手持ちが財布に12000円ほどでした。

4円だとあっという間になくなります。

ATMで下すとかめんどくさいなーとか思いました。

あと、給料もそこまで高給じゃないので、割とパチンコの負け額が笑えない感じになります。

正直、魅力的な誘いだったか?と言われると、とてもじゃないけどそんな魅力は感じない話でした。

パチンコ屋へ到着

パチンコ屋に到着して知ったのが、1円パチンコだということでした。

当時のブログ管理人の知識でいうと、パチンコというと4円で、スロットは20円ということです。

機種は海物語しかしらず、スロットはジャグラーしか知りません。

そんな程度の知識です。

1円パチンコがあるというのを知ったのは、この時が初めてでした。

1円かぁ、、と。

4円より負け額が少なくなっていいのか?と思ったけど、右も左もわからない状態で同じ職場の人と店内に行きます。

誘ってきた人が、オススメする台をそのまま打ちました。

結局、この日のことをあまり覚えてないけど、負けたことは覚えてます。

3000円か4000円くらい負けてますね。

この日をきっかけに誘われまくる

初めて誘われた時についていったら、それ以降は何度も誘われるようになりました。

ハードな日々でした。

残業が長いのと、通勤時間も遠いので結構ありました。

仕事がある日の負担がかなり大きい中で、休みの日にはパチンコに誘われます。

ハードすぎて、口内炎とかできてました。

それであまりにきついので、誘ってきている人は開店から打ちに行けばいいけど、自分は昼から合流するのはどうだ?と提案をしたら、他の人に目当ての台を打たれるとかいう理由で却下されました。

誘ってきている人が、当時パチンコを覚えたてで楽して仕方ないらしく、それに自分も付き合うことで、時間的にも経済的にも結構な負担になってました。

仕事、パチンコでろくに休めない状態です。

収支どうだった?

メインは1円パチンコでしたけど、負けまくってましたね。

基本的に、誘われて一緒に打ちに行くことになります。

誘ってきている人が勝ちへのこだわりがなく、パチンコをただ楽しんでいるだけの人でした。

負けていることも受け入れているようでした。

そんな人についていって一緒に打っていて、勝てるわけありません。

ただ、1円パチンコなので負け額だけはかわいかったです。

それでも、段々負けていって、8万円とか累計で負け額が達していたと思います。

休み返上でパチンコを打って、しかもそこまで高給じゃない中で8万ほど負けてということです。

個人的に、笑えないレベルにまで来ているのは感じてました。

一人で打ちに行くチャンスを得る

誘ってきた人が、用事があってフリーな休日が突如できました。

この時に、パチンコを打っていた同級生にパチンコ屋のことを聞いて、一人で4円パチンコを打ちに行くことにしました。

拘束時間の長い仕事や休日も祝日とかもで仕事だったので、休みも少ないので自分で店の調査をするような時間がなかったんですね。

それで、最初の店は同級生に聞いた店に行ったわけです。

開店から打ちに行きました。

店に到着をして、入店します。

平日に休みがある仕事で、当日も平日だったので客もまばらでしたね。

で、いくつかの台を打って、北斗の拳のマックス機で当たりを引けました。

アミバのリーチで後半へ発展すると当たりが確定しているやつで当たりです。

いつも1円パチンコなので、4円で当たった時は、「うおー」みたいな感じです。

何連したか覚えてないけど、出玉でいうと15000玉くらい一回で出ました。

結局、この後少し打って出玉を流しました。

交換所で、38000円だったかそれくらいの金額を受け取りました。

1円パチンコだとまず手にできない金額でした。

あと、数日仕事をしないといけない額でした。

世界が変わった感覚を得たのを覚えてます。

それで、帰り道に別のパチンコ屋があって、そこで4000円くらい牙狼を打ってあたりが引けずそのまま帰りました。

帰宅してもまだ、外は明るい時間だったと思います。

何かかが変わり始めた?そんな感覚でした。

仕事を辞める

結局、この時の仕事は2年くらい勤務して、退職しました。

この流れで書くと、パチンコでリベンジしたくて仕事を辞めたと思われがちですが、それは違います。

色々仕事を続けるのに、困難な条件が複数出てきてそのまま仕事をすることが難しいとなって辞めました。

かなりきつい仕事で、同じ日に入った人は当の昔にやめてましたが、自分は2年ほどで辞めることになりました。

辞める際に、雇用形態を変えて続けないか?と引き留めの話がありましたが、それも断りました。

2年間で、有給休暇とか一度も取らず、遅刻も一度もなしで、残業の要請とか全部引き付けてました。

かなりハードな2年でした。

繁忙期に関しては、外が暗いうちから出勤をして、帰宅の際も夜で暗くて外が明るいのを見るのは食堂の昼休憩の時だけだった時期もあります。

食品工場なので、窓が少なくて、外が明るいのかくらいのかもわからない環境で仕事してました。

仕事を辞めた直後からパチンコ屋に入り浸る

仕事を辞めた初日だけ、自分をパチンコに誘ってきた人が、最後の誘いということでパチンコに付き合いました。

なので、初日に関しては自分の意志でパチンコを打ってませんが、次の日からいよいよ本当のスタートを切った形となりました。

これから以降の話は、機会があればまたしてきいます。

結局パチンコ自体はこの後、6、7年くらい打ってました。

この間に、累計だと四桁万円くらいなら行ったということで一応勝っていたというわけです。

パチプロみたいな生活していた時期ですね。

 

 

 

 

 

 

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